銀座千疋屋120年の歩み

創業

創業

初代:齋藤義政氏が千疋屋総本店からのれん分けを受け、銀座8丁目に果物専門店「新橋千疋屋」を創業。
当時は店の軒先に棚を作って果物を陳列する、八百屋さん的な形態でした。
1913年(大正2年)
世界初の「果物食堂フルーツパーラー」を開業。
その始まりは、りんごを買ったお客様がその場で丸かじりしていたのを店員が気の毒に思い、店先に椅子とテーブルを置いたのが始まりだといわれています。

会社名を銀座千疋屋と改名

会社名を銀座千疋屋と改名

関東大震災により焼失した店舗を新築し、会社名を「銀座千疋屋」とする。
パーラーでは、春夏は苺やスイカがテーブルを賑わしていましたが、秋はパッタリとお客は減ってしまいました。
そこで冬の商品として、2代目、齋藤義政が考案したのが「フルーツポンチ」です。
ヨーロッパで馴染まれているカクテル「パンチ」にカットフルーツを入れ、また、当時の政治風刺漫画「ポンチ絵」に掛けてネーミングも「フルーツポンチ」としました。

宮内庁御用達を拝命

宮内庁御用達を拝命

りんごの品種「スターキング」の苗をアメリカより一本だけ持ち帰り、青森のりんご園で大切に育ててもらい、初めて実った果実を宮内庁に献上。
1937年(昭和12年)
「株式会社 銀座千疋屋」創立、「銀座千疋屋フルーツパーラー」設立。
1947年(昭和22年)
「ニュウ銀座千疋屋」を開設。銀座5丁目5番地に姉妹店として「バラの花柄の包装紙」を齋藤義信(2代目齋藤義政の弟)が考案。

銀座8町目と銀座5丁目店舗を統合

銀座8町目と銀座5丁目店舗を統合

鉄筋鉄骨コンクリート造、地下1階、地上5階建の店舗が完成。
地下はレストラン、1階は果物売場、2階はフルーツパーラーとして営業。
1964年(昭和39年)
京王百貨店新宿店に「銀座千疋屋新宿店」を開設。
この頃「DXグレープフルーツゼリー」が誕生しました。
1994年(平成6年)
銀座5丁目店舗を「ニュウ銀座千疋屋ビル」として新築。
創業100年を迎え、フルーツポンチ100円セールを行う。

銀座8丁目新装オープン

銀座8丁目新装オープン

現在の「銀座千疋屋」本店としての営業を開始。
2002年(平成14年)
4代目齋藤充 業務継承し代表取締役社長就任。
2012年(平成24年)
銀座千疋屋ムック本を発売。